こんにちは、メドケム凡人です。
今回はメドケムから少し離れたお話をしたいと思います。
突然ですが皆さん、今の世の中って凄い便利になってると思いませんか?
元号も変わるということで、近頃“平成30年を振り返る”といった番組も多かったと思いますが、「こんなにも技術が発展して便利になったのか!」と思わずにはいられませんでしたね。
そんな技術発展の波はどの業界にも押し寄せてきていると思います。合成分野においても、昔に比べて便利になっていることが非常に多いです。例えば、精製装置の発展や、反応追跡技術の発展。昔は、TLCで反応追跡して精製した後に、目的物が望みのものでなかったということがあったと思いますが、今では反応途中のcrudeの質量分析が容易に出来るので、必要のない精製をしないで済むようになりましたね。
実は私、こういった合成部門の効率化について非常に注目しています。労働人口が減っている現在、今までと全く同じ手法でやり続けることは確実に無理だと思っているからです。近年流行っているAI/IT等を導入しつつ、効率良く研究をすることは、この先かなり重要になってくると思っています。
勿論我々の製薬業界も例外ではなく、効率的な研究による取り組みが進められています。例えば、フローケミストリーによる省人的連続合成や自動反応装置、High Throughput Experiment(THE)等機械化に関する注目が集まっているように思います。その中でも、AbbVieは製薬業界の中でも、機械化に特に力を入れている企業だという印象がありますが、最近ACS Med Chem Letにて、彼らの機械化・効率化による取り組み例や考え方が記載されていたので、読んでみました。その内容の紹介と感想を書いてみたいと思います。
ACS Med. Chem. Lett., 2019,10,51,703-707. DOI:10.1021/acsmedchemlett.9b00096
背景
実は合成部門における自動化の歴史は古く、1980年代の自動DNA合成もしくはpeptide固相合成が発端になっています。この頃から長い時間をかけて徐々に研究が進められてきました。しかしながら、当時流行っていた自動固相合成が現在はほとんど残っていません。
機械化が思ったより進まないというのは、固相合成に限らずよくあることなのですが、筆者らはその原因を、
①コストが高い為、リスクが大きい
②自動化が簡単なものはマニュアルでも簡単な為、機械化によって節約できるお金が見積もりほど大きくなかった
③単なるロボットへの置き換えはサイエンスの発展に関与しない為、価値が薄く投資しにくい
④化学者がシンプルで自動化された物を優先することでイノベーションが起こりにくくなる
といったものだと考えました。
そこで筆者らは「簡単な仕事を置き換えて時間を節約し、創造的な仕事に打ち込める時間を増やす。」というアプローチではなく、「イノベーションが起こる機械化を実現する。」ということを、中心に据えて機械化を進めてきたそうです。価値あるイノベーションを起こすものでないと機械化は出来ても残っていかないと考えたということでしょうね。
イノベーションを起こす機械化とは?
機械化によってイノベーションが起こるとはどういうことなのか。最初は自分もよくイメージ出来なかったのですが、単純な置き換えである「人=機械」ではなく、「人を超えた仕事が出来る「人<機械」という状態であるということだと思います。例えば、人ではこなすことが出来なかった数の仕事を短時間でこなすだとか、人では危険性が高すぎるので出来ないことをやらせるとかが、これに該当すると思います。
筆者らは機械化によってイノベーションを生む具体的なアプローチとして、以下の3つをあげていました。
①実験数を増やす
②既存の機械を改良し機械化を促進する
③機械の価値を最大化する
AbbVieでは、この目標を達成する為に、engineering、elecronical、mechanicalのPhDを持つ人たちを雇い、エンジニアリンググループを作成して検討を行っていったそうです。
具体的な取り組み
筆者らは、それぞれのアプローチについての具体的な取り組みを論文中で紹介してしました。
① 実験数を増やす
この取り組みの1つとして、1つのcrudeサンプルの精製に用いていたSFCを複数サンプルの精製に使用出来る様にしたと紹介されていました。またフローケミストリーも、多品種合成が出来る物として紹介されていました。これらが完成したことによって、AbbVieでは単純に実験を行うだけの人の仕事は無くなり、複数のパラメーターを考察しながら、多数合成出来る人以外はいらなくなってしまったとのことです。
② 既存の機械を改良し機械化を促進する
この取り組みでは、NMRサンプルの自動調整・分析が例として挙げられていました。ご存じの通り、オートサンプラーを用いたNMRの自動分析装置は市販レベルで出回っていますが、NMRサンプル調整の所は難易度が高く自動化されていませんでした。そこで、筆者らは既存の自動分析機に付け加える形で、「ロボットアームを用いた溶液調整→NMRチューブへの溶液移動→自動分析」というシステムを構築出来たそうです。
③ 機械の価値を最大化すること
これがおそらく一番心掛けていたことだと思いますが、単純な外部の真似事はしないということを決めていたようです。機械はただ導入して終わりではなく、自分たちの課題を解決出来る様なシステムにすることで、初めて本来の価値を発揮するといったところでしょうか。この取り組みでは、HTEに向けた少量のDMSOサンプル自動調整が例として挙げられていました。
所感
現在AbbVieでは、photoredoxの反応条件最適化やμlスケールで再現良く不均一系の反応が出来る様に機械を設計しているそうです。どんどんイノベーションを起こすために、色々な場面で機械化を導入しようとしている点が本当に凄いですね。楽になる為に機械化と考えていたのが、より良い結果をもたらす為に機械化というなった論文でした。非常に勉強になりました。
勿論、世間で言われている様にAIに仕事がとられてしまうということはすぐにはないと思いますし、今の仕事が完全になくなるとは思いませんが、今後の合成のあり方というのもどんどん変わっていくと思います。
今持っている自分の技能が、本当にこの先も使えるのかという不安もあるかと思いますが、その不安故に新しいものへの挑戦を避けたり、逆に目の前のことを投げ出して新しいものばかりに飛びつくことはしないようにしたいですね。
イノベーションを起こす機械化と同様、今自分が持っている技能を活かして、それと置き換わる何かをするのではなく、それを超える何かを生み出していく。それがこの先、非常に重要になってくる。普段の研究もそういう点を意識しながら取り組んでいこうと思いました。
*著作権の関係上、具体的な数値や図を記載することは控え、論文自体に興味を持ってもらえる様にまとめを書く程度に留めています。気になる点はご自身で論文を確認して頂ければと思います。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします。
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