こんにちは、メドケム凡人です!
突然ですが、皆さんは薬ってどれくらい馴染みがありますか?
重い病気にかかった人だけでなく、軽い怪我やインフルエンザ・風邪等色々な所で薬は利用されるので、使用したことがない人はまずいないと思います。ですので、「薬ってなんですか?」と聞かれると、人の健康状態を回復したり向上させたりするものと答えると思いますし、その認識は合っていると思います。
一方でなぜ薬がそれぞれ違った効果を示すのかわかりますか?と聞かれたら、「うーん…」となる人も多いのではないでしょうか。勿論、その要因は多岐にわたる為、簡潔に答えるのは難しいのですが、大きな要因の一つとして、薬の化学構造があげられます。
そこで今回は、化学変換による創薬研究(低分子創薬)の流れと、薬の構造の違いによってどういう影響が出るのかというのをざっくりとお話してみたいと思います。構造の違いによる薬の効果の違いだけでなく、少しではありますが、構造の違いによる創薬研究への影響も合わせて話していければと思います。
ここではほんの一例しか示しませんが、構造の違いによって薬の効果がどう変わるのかというのは、後で順番に記事にしていきたいと思います。
それでは行きましょう!
ポイント
- 薬が違った効果を示すのには、化学構造が大きく関係している。
- 基礎研究の段階において、メディシナルケミストが多種の化合物をデザイン・合成し、薬理活性・動態・安全性に優れたバランスの良い開発化合物を創出する。
- 開発化合物を創出後の製剤化検討や大量合成においても、選んだ化合物の構造によって製剤化や製法確立の難易度が変わってくる。
- 市販後でも構造による影響が出ることがある。例えば化学構造に基づく特異的な代謝物や長期保存安定性の低さによる、重篤な症状等が該当する。
- 全てのパラメーターを満たす化合物を創るのは大変だが、世の中には満足いく治療薬がない疾患も多くあり、新薬を望む声は止むことがない。
創薬の流れ
まずは創薬に携わったことがない方々に向けて、創薬の流れ、そしてその時々に化学(構造)がどの様にかかわってくるか簡単に説明したいと思います。
一般的な創薬の流れは以下の様になっています。
所謂化学研究がメインで関わってくるのは①の基礎研究(メドケム)と②の非臨床試験(プロセス)です。それぞれの違いについては、別記事のメディシナルケミストとプロセスケミストの違い(作成中)をご参照下さい。
基礎研究
基礎研究の段階では、人で効果が出そうな化合物を探す為に、様々な化合物を合成し、まずはin vitro試験(細胞試験)を行い評価します。そして、薬になりそうな母核(ケモタイプ:図の構造は架空の物です。)を持つ化合物を取得します。
この段階では、HTS(ハイスループットスクリーニング)といった技術や、最近ではin silico(コンピューターでの)VS(バーチャルスクリーニング)等を用いることもあります。また、先行特許を読み込み、権利化されてない化合物を合成していく特許抜け戦略をとる会社もあるかと思います。
医薬品事業において特許はかなり大事になりますので、合成をする際には定期的に特許に引っかかっていないかというのを確認する必要があると思います。あと麻薬関連等の危険物質でないことの確認も必要です。作っていた化合物が権利化されている化合物だったとか、違法ドラッグだったとかだったらマジで笑えません。
そしてある程度有望なリード化合物が見つかったら、[2]非臨床試験の段階に入り、臨床試験に向けて構造の最適化を行っていきます。最適化の基準は、薬効が期待出来、薬物動態額的に優れていて、安全性が高いものを選択します。この段階では小動物でのin vivo試験(動物実験)を行うことが多いです。
言うまでもなく化学構造の変換は、これらの要素(薬効、動態、安全性)全てに密接に関わっており、構造を変えた際にはすべての要素が独立して変化します。メディシナルケミストは、全てが良い物(勿論、取れればいいのですが難しいことも多いので)ではなく、バランスが取れた化合物の創出を目指します。
基本的には、化合物合成→評価を繰り返し、化合物の構造と活性の相関(構造活性相関:SAR、構造物性相関ならSPRということも)を考察して、合成していく化合物をデザインするのですが、一般的に知られている化合物デザインの基本手法等があったりします。
例えばエステルを持つ化合物は体内でエステラーゼによって分解される可能性が高いので避けるべきとか塩基性が高い化合物は心毒性のリスクが向上するので考慮する必要があるといったことですね。このサイトでは、化学構造の変換がどのようにそれぞれのパラメーターに変化を与えるのかということもまとめていきたいと思います。
非臨床研究(前臨床研究)
そして最適化がある程度進み、開発候補化合物が出来たら、大動物での試験に向けて大量合成の検討を行います。ここではプロセスケミストに仕事を移管することが多いと思うので、メドケムの人達の仕事はここで一段落なのですが、どんな化合物を開発候補に選ぶかで、この先の影響も勿論変わります。
例えばどれだけ薬効、動態、安全性に優れた化合物が創出出来ても、構造が複雑な為に高コストな製造法しか確立出来ず、薬として承認されたとしても赤字になってしまうのであれば、会社としては開発を諦めざるを得ません。キラル化合物はアキラル化合物に比べて高コストになりやすいので、目立った違いがないのであればアキラル化合物を選択した方が無難です。
コストが合わず開発が断念となった場合、プロセス側の責任と思う人もいるかもしれませんが、両部署を経験したことがある自分からすると双方に責任があると思います。開発候補品を選択する時には先のことも考えてあげていきたいですね。
またこの非臨床段階では、製剤検討や化合物の安定性も試験をします。化合物の安定性は、生体内での安定性と保存時の安定性の2種類の意味で使われることがあるのですが、ここでは後者の意味になります。薬は製造後長期保存することが多いので、ほっとくとボロボロとこぼれていくような化合物はどれだけ優れたプロファイルを持っていても薬にする難易度が高くなります。
また水に不安定な物質だと、分析法も確立しにくい為、臨床に入る期間も長くなってしまいます。もし、安定性に不安があるのであれば、塩形態(塩酸塩、酢酸塩等)、結晶系(安定構造や溶媒和物)、保存形式(不活性ガス化、冷蔵)、製剤化するための添加剤等を検討し安定な状態で保管する必要があります。
勿論、検討や保管の手間がかかるだけコストも増えてきますので、薬に出来なくなる可能性もあります。可能であれば、扱いにくい構造の化合物は選択しないようにしたいですね。
臨床試験から患者に届くまで
そして、これらの非臨床試験が無事に終われば、人に投与する臨床試験が始まり、それを乗り越えると薬として患者の元に届くようになります。
これで一段落と思いきや、臨床試験や市場に出回った後で、「動物では見られなかった副作用が見られた。」なんていうこともあります。そうなってしまうとその薬は回収しなければなりません。この段階に関しては最初から正確に予測することは難しいところもありますが、これも結局は化合物の構造によるところです。
この現象がみられる原因の一つにヒト特有の代謝物があげられるのですが、化合物構造に注目し、代謝部位が少ない物を開発候補化合物に選んでおくとよりリスクが減らせるかもしれませんね。
以上が簡単な創薬の流れになります。薬にする為に考えなければいけないパラメーターが非常に多いことが実感されたかと思います。ですが、ここで取り上げたのはほんの一部です。実際には、狙っている疾患やターゲットの違いにより、もっと細かく見ていく必要があります。そして、その多くの評価を通過するために一番大事なのはやはり原薬の構造になると思います。
最後に
ここまでみて下さった皆さんは、全てのパラメーターを満たす構造を持つ化合物を創出するのはかなり大変だと感じるのではないでしょうか。事実その通りでして、創薬は非常に難しいと言われています。
しかしながら、やはり人の健康を支えるのに薬は重要です(薬が絶対ではないということは認識しておく必要がありますが)。低分子薬が狙えるターゲットが減ったといっても、世の中にはまだまだ満足いく治療薬がない疾患も多くあり、新薬を望む声は止むことがありません。コストが低く、気軽に服用することが出来る低分子の需要は無くなることはないと思っています。
我々創薬研究者はそういった声に応えたいと思っており、アカデミアや製薬企業中心に必死になって研究を行っています。その甲斐もあり、有用な知見が非常に多く発表されています。最新の情報に広くアンテナを張り、先駆者の研究の知見を積極的に収集・応用していくことが創薬の成功に重要になると思っています。
色々と学ぶべきことがあって大変ではありますが、「患者を助けたい」という想いが創薬を成功に導くと思います。想いが無ければどれだけ頭が良くても、成し遂げられない研究です。逆に言うと、学び続けること・挑戦し続けることが出来る想いがあるのであれば、それだけで十分なアドバンテージです。
もし、製薬業界に飛び込むことを迷っている人がいるのであればぜひ挑戦してもらいたいと思っています!斜陽業界だと言われている製薬業界ですが、「自分が作った薬で苦しむ患者を救いたい。」と心から思う創薬研究者がもっと増えてくれれば嬉しいです。
私も現状に甘んじることなく、貪欲に創薬実現に向けて取り組んでいきたいと思います!創薬を志す皆さん、一緒に頑張りましょう!
最後まで見て下さり、ありがとうございました。
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